「宿題しようか」

「あとでやる」

少し待って、もう一度声をかける。

「そろそろ宿題しよう」

それでも鉛筆を持たない。ようやく席に座ったと思ったら、消しゴムを触ったり、周りの会話に入ったり、いつの間にか別のことを始めている。

僕は学童で働く中で、こうした場面を何度も見てきました。

大人から見ると、つい思ってしまいます。

「やる気がないのかな」

「さっきから何度も言っているのに」

でも、本当にそうなのでしょうか。


「やらない」のではなく、「始められない」のかもしれない

最初に伝えておきたいことがあります。

宿題を始められない子が、みんなADHDというわけではありません。ADHDかどうかを、日常の一場面だけで周囲が決めることもできません。同じADHDでも、困り方や得意なことは一人ひとり違います。

そのうえで知ってほしいのは、ADHDのある子の中には、注意を持続することや、気が散るものから意識を戻すこと、物事の順序を立てて取りかかることに難しさを感じる子がいるということです。

文部科学省が示すADHDの特徴にも、「課題を最後までやり遂げることが難しい」「課題を順序立てることが難しい」「集中して努力を続ける課題を避ける」といった内容があります。

これは、単純に「勉強が嫌い」「怠けている」という話ではありません。

やらなければいけないことは分かっている。

怒られることも分かっている。

それでも、最初の一歩がうまく出ない。

そんなことがあるのだと思います。


「宿題をして」は、大人が思うより大きな指示かもしれない

僕たち大人は、「宿題をして」という言葉を一つの指示だと思っています。

でも、実際には違います。

ランドセルを開ける。

連絡帳を確認する。

宿題を見つける。

必要な教科書とノートを出す。

筆箱を用意する。

どの課題から始めるか決める。

問題を読み、手を動かす。

「宿題をして」の中には、これだけの小さな行動が隠れています。

もし皆さんが、忙しい日に突然「家の中を全部きれいにして」と言われたらどうでしょうか。

やらなければいけないと分かっていても、どこから始めるか決められず、少しだけスマートフォンを見てしまうかもしれません。

でも、

「まず、机の上のコップを台所に持っていこう」

と言われたら、一歩目は少し軽くなります。

子どもにとっての「宿題をして」も、それに近いことがあるのではないでしょうか。


「集中しなさい」だけでは、集中できない

学童は、たくさんの子どもが同じ空間で過ごします。

誰かの笑い声が聞こえる。隣では面白そうな遊びが始まる。先生が歩く。椅子が動く。友達から話しかけられる。

周りの刺激を強く受ける子にとって、その環境で目の前のプリントだけに意識を向け続けるのは、簡単なことではありません。

そんなときに「集中して」と繰り返しても、本人には集中するための方法が分からないままです。

厚生労働省の案内でも、ADHDのある人への配慮として、短く明確に伝えること、気が散りにくい環境をつくること、望ましい行動をできたときに肯定的な反応を返すことなどが挙げられています。

だから僕は、声のかけ方を変えることに意味があると思っています。

「宿題して」ではなく、

「まず算数のプリントを出そう」

「全部終わらせよう」ではなく、

「最初の一問を一緒に読もう」

そして、始められたときに、

「ちゃんと始められたね」

と伝える。

大人から見れば小さな一歩でも、その子にとっては一番大変な一歩だったかもしれません。


できない日があることと、できない子であることは違う

何度声をかけても動かないと、大人も疲れます。

毎日向き合う保護者の方なら、なおさらだと思います。

だから、「怒らないでください」と簡単に言いたいわけではありません。家庭には時間の制約があり、ほかにもしなければならないことがたくさんあります。

ただ、子どもが繰り返し、

「なんでできないの」

「やる気がない」

「みんなはできている」

と言われ続けたら、宿題が嫌になるだけではなく、少しずつ「自分はできない子なんだ」と思うようになるかもしれません。

本当は、分からない問題が解けたときにはうれしそうな顔をする。

自分でできた問題を、先生に見せに来る。

勉強そのものが嫌いなのではなく、始めるまでの壁が高かったり、周りに人がいる環境では集中しにくかったりするだけかもしれません。

できない日があることと、できない子であることは違います。

その二つを、大人が一緒にしないことが大切だと思います。


家庭教師ができるのは、答えを教えることだけではない

1対1で子どもを見る意味は、分からない問題を解説することだけではありません。

その子が、どこで止まっているのかを見ることができます。

問題の意味が分からないのか。

教材を準備する段階で止まっているのか。

周りの音が気になるのか。

一度にたくさん言われて、何から始めればいいか分からないのか。

「やる気がない」という一言で終わらせず、止まっている場所を一緒に探す。

そして、その子が動き出しやすい大きさまで、課題を小さくする。

それも、家庭教師ができる大切な仕事だと僕は考えています。

もちろん、家庭教師は医療や専門的な支援の代わりではありません。強い困りごとが続く場合には、学校や医療機関、地域の相談窓口などとつながることも大切です。

また、ADHDの子には必ず家庭教師が必要だ、と言いたいわけでもありません。

集団塾が合う子もいる。

学校の先生との関係の中で力を伸ばす子もいる。

家庭で工夫することで過ごしやすくなる子もいる。

大切なのは、サービスを使わせることではなく、その子に合う方法を探すことです。


「どうしてやらないの?」を、「どこで止まっているんだろう?」に

宿題を始めない子を見たとき、僕たちは目の前の行動だけを見てしまいます。

でも、その行動には、本人にも説明できない理由があるかもしれません。

やる気がないと決めつける前に、

「この子は、どこで止まっているんだろう?」

と考えてみる。

その視点を持つ大人が一人いるだけで、子どもが自分を責める回数は、少し減るのではないでしょうか。

lumeraがつくりたいのは、子どもを無理に同じ型へ押し込む教育ではありません。

一人ひとりの止まっている場所を見つけ、その子なりの一歩を一緒につくれる教育です。

宿題を終わらせることも大切です。

でもそれ以上に、

「自分にもできる」

と思える経験を、子どもから奪わないことを大切にしたい。

僕は学童で子どもたちと接しながら、そう思っています。


lumera
公式ホームページ
https://www.lumera.school/

参考:
文部科学省「注意欠陥/多動性障害の定義と判断基準」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/1298207.htm
厚生労働省「発達障害の特性(代表例)」
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/shougaishakoyou/shisaku/jigyounushi/e-learning/hattatsu/characteristic.html

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